編集部の岡田です。

一冊の本との出会いは、ときに世界の見え方を変えてくれます。

私が担当した田村正資さんの『独自性のつくり方』は、今の時代の閉塞感をふわりと軽くし、未来を少し明るく照らしてくれる、そんな力を持つ一冊になりました。

「面白がる」という軽やかな姿勢

始まりは、文喫 六本木で開かれたトークイベントでした。登壇者である田村さんの語り口、そしてそのユニークな視点に、私ははっとさせられました。田村さんの話から伝わってきたのは、「面白いものを探しに行かなくても、私たちの身の回りにあるものを『面白がる』だけでいい」という、軽やかな姿勢でした。

その考え方は、情報過多の時代に「何か特別なもの」を探し続け、少し疲れていた私の中に、すとんと落ちてきました。この視点は、今の時代にこそ必要とされている。そう確信し、田村さんに出版を相談しました。

哲学は、世界を「面白がる」ためのツール

田村さんの発想の基礎には、「哲学」と「クイズ」という二つのユニークな幹があります。特に私に響いたのは、哲学との向き合い方でした。

実は私も大学院まで哲学を専攻し、その思考の面白さや物事の本質を捉える力を、もっと多くの人に伝えたいと願っていました。しかし、哲学はしばしば「難解で役に立たない学問」と見なされがちです。

そんな中、田村さんは哲学の博士号を持ちながら、その知見をアカデミズムの世界に閉じ込めることなく、日常や仕事を豊かにするための実践的なツールとして軽やかに使いこなしていました。QuizKnockの運営会社batonでの番組やECストアのプロデュースからSNSでの発信、批評活動まで、彼の活動のすべてに「面白がる」という哲学的なスタンスが貫かれていたのです。

誰もが画一的な成功を目指すのではなく、それぞれの視点で世界を切り取り、自分だけの価値を見出し、それを趣味や仕事を通して他の人にも伝えていく。そんな人が増えれば、世界はもっと豊かになるはず。この本には、そんな未来へのささやかな希望が込められています。

「自己満足」という独自性の種

本づくりは、田村さんとの対話を重ねることから始まりました。エンタメと哲学研究者、二つの顔を持つ彼の頭の中をどうすれば一冊の本として届けられるか。その対話の中から生まれたのが、本書の核となる「図と地の思考」というコンセプトです。

私たちが普段意識しているものは「図(意識されるもの)」ですが、その背景にあって当たり前すぎて気づかないものが「地(意識されない背景)」です。そして、その「地」には、私たちのこだわりや癖があります。それは「独自性」の種となるものです。

私たちのこだわりや癖は、世間ではネガティブに扱われがちな「自己満足」と言い換えることもできます。しかし田村さんは、役に立つか評価されるかは一旦横に置き、まず自分が「面白い」「気になる」と感じる気持ちを大切にすることの重要性を説きます。

AIが最適解を瞬時に導き出す時代だからこそ、その人だけのこだわりや「自己満足」が、仕事のモチベーションを支え、誰も思いつかなかった価値を生み出す源泉になるのです。

「消耗しない働き方」のヒントは、哲学と日常の中に

制作中、私の頭には一冊の本がありました。文芸評論家・三宅香帆さんの『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』です。仕事に心身を消耗し、好きだったはずのことから遠ざかってしまう。そんな現代の働き方への問題提起に、深く共感していました。『独自性のつくり方』は、その問いに対するひとつの「応答」になるのではないか。そんな思いを抱いていました。

だからこそ、三宅さんから本書に推薦文をいただけたことは、望外の喜びでした。

「好きを仕事にするにはどうしたらいいのか」という究極の問いに「自分らしさをつくる」という解を教えてくれる一冊。

本書を読んだあと、私の働く社会は、少し明瞭に、楽しく、光って見えた。きっと現代に生きるこの若き哲学者は、AIではなく人間が働く意味を皆に伝えているのだ。

この推薦文は、本書が今の時代にもつ意義を、鮮やかに照らし出してくれました。中でも「私の働く社会は、少し明瞭に、楽しく、光って見えた」という一文には、田村さんの思考と文体の特徴である、熟考に裏打ちされた「軽やかさ」が見事に映し出されていると感じます。。

その軽やかさの源流は、おそらく田村さんの専門である哲学者メルロ=ポンティにあるのでしょう。彼は、私たちが生きる日常や身体感覚といった現実を哲学の対象としました。本書に溢れる日常への解像度の高い眼差しは、その深い思索から生まれているのです。

この本は、誰もが「すごい人」になるためのノウハウ本ではありません。むしろ、他人の評価軸や終わらない競争に疲れたときにこそ、手に取ってほしい一冊です。AIに真似できない、あなただけの価値の源泉は、特別な場所ではなく、見過ごしてきた日常の中に静かに眠っています。

この本が、ひとりでも多くの人が自分の日常を「面白がる」きっかけとなり、それぞれの「面白い」が響き合う社会につながっていくことを心から願っています。

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