今回は(「おまえ、ヒマそうだからなんか書け」ということなのか)熱烈な社内オファーを受け、古川が担当いたします。ご紹介するのは、『デジタル・ブランディング ――世界のトップブランドがいま実践していること』という翻訳書です。

翻訳書がお店に並ぶまで

みなさんは、海外本の翻訳書が日本で本屋さんに並ぶまでの道のりをご存じでしょうか? 通常であれば、海外の出版社から日本語版の「版権」を買って本をつくることになるんですが、一般的なビジネス書の場合、だいたい次の①~⑦のような段階を経ています。

①版権案内・問い合わせ

版権エージェントや翻訳事務所から、「こういう本あるけど、興味ない?」と案内をいただきます。あるいはこれらの会社に出版社から「こういうテーマでなんかいい本ないっすか?」「英語で出てるこの本の版権って、まだ空いてます?」といった問い合わせをして、磨けば光る原石を探索します。フランクフルトや北京などで行われる世界的なブックフェアに足を運んで「原石探し」をする出版社もあります。

②正式オファー

よさそうな本があれば、原書の原稿なども取り寄せて検討。社内で「この本はいけそうだ。よし、版権を獲るぞ!」と決めて、版権エージェントなどに正式なオファー(印税などの条件やプロモーションの詳細などをまとめた書類)を出します。「ひょっとして、こんな感じでメディアに取り上げられて爆売れしちゃったりして……」と、妄想と皮算用で編集者の期待が膨らむ時期でもあります。

③版権獲得

他の出版社でもその版権を獲りたい会社があればオークションになり、期限までに各社が入札したオファーを版権エージェントや海外出版社・著者のほうで検討して、落札者が決定。正式オファーは通常、メールで申し込みますが、自社以外に入札がない場合は、条件さえ合えば晴れて版権獲得となるので、オファー期限の締切日には、「うち以外だれも入札するな。もしくは競合会社のメールサーバー壊れろ」とひそかに呪いをかけている編集者もいるとかいないとか。

④翻訳作業

無事にオファーが実って契約が結ばれたら、原書の最終版の原稿がエージェントを通じて提供され、それをもとに翻訳者のほうで翻訳開始。翻訳期間は原稿の分量や難易度、翻訳者の仕事の混み具合などにもよるものの、2カ月から半年くらいでしょうか。翻訳でない日本の著者のビジネス書は、会社から普通に「企画が通ったら半年から1年の間には刊行しろやゴルァ」とプレッシャーをかけられますが(いや、あくまで一般的な話ですよ)、英語版の原書は、他国で翻訳出版するのを前提としている場合もあってか、すでに本の体裁にレイアウトされた原稿なのに、本国での発売は半年後とか10カ月後だったりして、「俺ら日本の出版社って、ちょっと急ぎすぎなんじゃ……?」といった疑問が頭をかすめます(しつこいようですが、一般的な話ですからね)。

⑤編集作業

翻訳原稿が上がったら、いよいよ編集作業。基本的には原書に忠実に訳してあるので、内容への質問や相談は、原書をもとに「これはどういう意味?」「この部分は割愛していいすか?」「日本の読者に合わせて小見出しを増やしても構わないか?」といった点をまとめて、エージェント→海外出版社→著者→海外出版社→エージェントと経由して確認します。時期によっては「著者はいまバケーション中で、返事は早くて3週間後になります」とか、AIが書いたような冷たい返事がきたりすることも。なるほど。いいですね、バケーション。

⑥本文チェック完了

そのほかもろもろの確認を終えて、本文のチェックもめでたく終了(いわゆる校了)。原書の分厚さや翻訳原稿の出来によっては、「あーあ、ド○えもんが『ほんやくコンニャク』持ってきてくれたら、こんな苦労しなかったのに」と妄想の世界へ逃避する人や、「そういえば、原書と英和辞典と翻訳原稿を見比べてたら、夏が終わってたな……」と過ぎ去った時に思いを馳せて涙ぐんだりする人もいます。

⑦書籍発売

「売れろー」と念を送りながら発売を迎え、いよいよ書店店頭にできたての本が並んで、展開開始。

普通の翻訳書とは違うフレキシブルな編集過程

多少(だいぶ?)デフォルメしてはいますが、おおよそこのような経過をたどって、翻訳書はみなさんのお近くの書店に並んでいます。

で、ここまできて、ようやく本題です。「前置き長ぇよ!」とツッコミがきそうですが、冒頭にも書きました担当書『デジタル・ブランディング』は、上でお話しした一般的な翻訳書のつくり方とは若干、違ったプロセスを経て本になりました。

というのも、そもそも「原書」がないんです。企画を詰め、構成案を詰め、内容を詰めてから執筆してもらい、それを翻訳した日本語原稿を編集する。むしろ、本づくりの流れ自体は、日本の著者さんと企画をつくっていくのに近い感じでしょうか。違いは、元原稿が英語で、編集に入る前に翻訳作業が入ってくるところだけともいえます。

2021年の初夏、この本の監修者でもある長谷川雅彬さんから「こういう面白い著者さんがいて、こういう内容を書けますが、ご興味ありますか?」というお話をいただいたのが企画の発端。著者のパブロ・ルビオ・オルダスさんをご紹介いただきつつ、三者で企画を詰めていきました。

弊社内の企画会議では、方向性の修正などがあり、それらを踏まえて、コンセプトを少し変更したり、構成を手直ししたりと、大小さまざまなご相談をしながら、企画を少しずつ形にしていきます。通常の「原書あり」の翻訳書の場合は、こんなフレキシブルなつくり方はもちろんできません。

フレキシブルだからこその苦労

一方、編集作業の途上でも、

「ここの記述はこの部分の説明と少し合わないんですが、どっちが正しいですか?」

「この言葉はこっちの単語と同じ意味で使ってますか? そうであればどちらかに統一しますか?」

など、普通は原書の段階で著者と現地の出版社がやっているはずの確認作業も数多く発生します。

日本語で「なんか変だな」と思った点を英文原稿に戻って確認して、著者と英語でやり取りするのも、そこまで英語が流暢でない僕にとっては骨の折れる作業です。ただ、Google Documentで英語・日本語の対訳原稿を共有して、コメント機能で質問事項を書き入れつつ、パブロさんにも同時並行で直接、英文原稿を修正してもらったり、コメントバックをもらったりと、まさにデジタルツールの便利さを再認識しまくる編集過程でもありました。

たとえば、夜に入れたコメントに、翌朝に起きたときにはもう丁寧な返信がついていたりして、時間をかなり有効に使えたようにも思うんですが、「だったらもっと余裕をもって刊行しろよ」と突っ込まれそうですね。はい、すみません。

「オタクな人」が書いた本ほど面白い

パブロさんは、これまでVISAやマッキンゼー、国連など、世界的な仕事をいくつも手掛けていて、40以上の国際アワードを勝ち取ってきた戦略デザインオフィスのCEOなのに、めちゃくちゃ気さくな方。しかも日本にも拠点があるので、

「日本の読者にもより理解しやすいように、日本の事例とかも入れていただくことってできますか……?」

とご相談したところ、「もちろん! そのほうが日本人にもわかりやすいですよね」とご快諾をいただきました。

そうしたこともあって、本文中では、ブランドの施策・体系、デザインの考え方、ロゴなどビジュアルアイデンティティの種類などを説明する中で、ユニクロやソニーといった世界的な企業はもちろん、TSUTAYAとゲオ、楽天トラベル、バンダイ、新幹線など、さまざまな例が登場します。それにしても、よく知ってるなぁ。

また、日本と西欧社会との「デジタル化のギャップ」の話の中では、日本語の「漢字かな混じり文」を処理できるようになった、東芝の世界初の日本語ワードプロセッサ「JW-10」の話が出てきたりと、日本人でもほとんど知らないような例まで書かれているくらいです。やはり洋の東西を問わず、オタクな人が書いた本は面白いものですね。個人的には研究者の書いた本なんかも好きで、よく読んでます。

編集しながら親近感が深まった理由

パブロさんは、僕と同じ1970年代中盤の生まれだと事前に聞いていました。で、よくよく尋ねてみたら、実はまったくの同い年で驚いたものです。

第1章の冒頭、「モノの買い方」がこの数十年でどう変遷してきたかをたどる話の中で、パブロさんの家に初めてVHSのビデオデッキが来た日の描写があるんですよね。まさに僕自信も似たような経験をしていて、国は違えど「あぁ、同世代の人なんだなぁ」と感じて、勝手に親近感を深めながら編集を進めていったことを思い出します。

といった僕の個人的な思い入れはともかく、パブロさんがこれまで各国のトップブランドとつくり上げてきた手法をまとめ、世界に先駆けて「日本語版」の刊行を迎えたこの本。よろしければ、どうぞご一読くださいませ。

 

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