客室乗務員、放送局のアナウンサーという専門職を経て、出版社の広報へ。
入江美寿々が選んだのは、これまで培ってきた「話す力」「聞く力」を生かし、まったく異なるビジネスの世界へ飛び込む大きなキャリアチェンジでした。

待っていたのは、広報の枠を超えた新規事業の立ち上げ。企画から出演、発信までを自ら担い、ゼロからスタートしたYouTubeメディア「業界ビジネスチャンネル」は、わずか1年4ヶ月で登録者10万人を突破。
「自分は空っぽだ」と周りと比べて劣等感を味わっていた10代の頃から、専門職としてのキャリア、そして一般企業への転身。

なぜ専門職のキャリアから出版社へ飛び込んだのか。
ゼロから登録者10万人のYouTube番組を自らつくる過程で、何を考え、何を大切にしてきたのか。

華やかな肩書きの裏側にある、数々の葛藤と挑戦。自ら機会をつくり、相手と真正面から向き合う「ストレートコミュニケーション」という仕事哲学が見えてきました。

 

マスメディアへの憧れから始まった挑戦

人生とは本当に分からないものです。私が出版社で働くことになるなんて、新卒の就職活動や、その後の第二新卒としてのキャリアを考えていた時期、これまでの人生設計において全くの想定外でした。

学生時代の私が憧れ、目指していたのは、テレビやラジオといったマスメディアの世界。情報をタイムリーに多くの人に届ける「直接伝える仕事」に、強く惹かれていました。

一方で、決して本と縁がなかったわけではありません。むしろ、読書自体は昔からとても好きでした。

人生のさまざまな局面で、私は何度もつまずき、壁にぶつかってきました。生きていると、誰にも言えない悩みや、人と分かち合えない苦しみに直面することがどうしてもあります。そんなとき、いつも私に寄り添い、励まし、味方になってくれていたのが「本」という存在でした。

クロスメディアの一員になってからの日々を振り返ると、あの頃の想いと今の仕事が、不思議と一本の線でつながっているのを感じます。

現在、私が担当している広報活動、そして特に注力しているYouTubeチャンネルの立ち上げや運営は、一見すると本から離れているように見えるかもしれません。ですが、動画を通じて届けようとしているのは、本そのもののPRというよりも、書籍の奥にある著者の「想い」や「メッセージ」、そして「生き方や考え方」という、目に見えないものです。

誰かの役に立ち、人生の可能性を開くきっかけを届けること。その本質は、かつて私が憧れたテレビやラジオといったマスメディアの役割と重なっています。形にとらわれることなく、「誰かの可能性を開くメッセージを届ける」という一貫した軸を、今の場所で実現できているのだと、最近になってより一層強く実感するようになりました。

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「自分は空っぽ」高校時代の挫折と原点

私が「伝える仕事」を志し、アナウンサーを目指すようになった背景には、高校時代、自分を見失い苦しんだ経験があります。

地元の中学を卒業し入学した高校には、恵まれた生まれ育ちで才能に溢れ、将来の目標を明確に持つ人が多くいました。「医師になって新しい医療を創りたい」と語る進学クラスの同級生や、プロや日本代表を目指して、すべてを懸けてスポーツに打ち込む人たち。そんな仲間たちを目の当たりにする中で、特別な思いもなく大学受験のために受身的に勉強をしていた私は、自分とのモチベーションや覚悟、そして生まれながらにして持った能力の差を痛感しました。

「私には、これがやりたいという強い意志も、成し遂げたい夢もない。ずば抜けた頭脳も、アスリートになれるような才能もない。私はなんて空っぽなんだろう」

そうした葛藤がきっかけになり、その先に成し遂げたいこともないのに知名度や偏差値だけで大学を選び、受験勉強をすることの意味が分からなくなってしまい、受験対策一辺倒の学校に行くことができなくなりました。自分はこれからどう生きていくのか方向性が見つけられず、他者から望ましく見えるレールに乗れなくなってしまった自分を責めることしかできませんでした。生きている意味が分からなくなってしまい、鬱状態になり、「自分の人生が終わってしまった」と絶望していました。

今考えても、あの頃が人生一辛かったですが、本当に落ちるところまで落ちた時、自然と、もしかしたらこれ以上辛い日々はもう来ないかもしれないから、このまま人生が終わってしまったら勿体ないと思うようになりました。そして、心のどこかでずっと憧れていたマスメディアの仕事、その中でも、取材をして自分の声で届けるアナウンサーになるという夢を本気で追いかけてみようと決めました。

周囲の「すごい人たち」の生き方を見てきたからこそ、人生について真剣に考えるきっかけが生まれました。そのような出会いがなければ本気で自分の人生と向き合うこともなく、今の私はいなかったと思います。

とても苦しかったですが、そんな風に私の人生を変えたのは、本気で生きている人との出会いでした。一生の中で人生を変えるほどの出会いはそうあるものではないかもしれない。

アナウンサーになり、メディアを通してそんな出会いを一人でも多くの人に届けていきたい。それが、今につながる私のキャリアの原点です。

凡人の目線で、「すごい人」を照らす

どれほど著名な人や一流のプロフェッショナルでも、悩みや不安を抱えながら生きる一人の人間です。彼らを神格化するのではなく、努力や葛藤を含めた「人間としての姿」を伝えることで、初めて共感が生まれる。そう信じて、これまでインタビューや番組づくりに向き合ってきました。
社会人になり、経営者や著者、アスリート、ミュージシャン、クリエイターなど多くの「すごい人」と仕事をするようになってからも、私は「凡人としての目線」を失わないようにしています。

さらに、どんなに偉大な人を前にしても、私は私。まっすぐ対等に向き合うことを大事にしています。

過度にへりくだったり、相手に合わせて態度を変えたりすることは、相手を肩書きやイメージで見ていることになります。だからこそ、礼儀は保ちながらも、媚びたり駆け引きしたりせず、ストレートに向き合う。それが最大限のリスペクトだと考えています。

相手の情熱には自分もまっすぐな熱量で応える。だからこそ、相手も信頼して、自分の深い部分を預けてくれるのだと信じています。

私がこの対等でストレートなコミュニケーションを大事にするようになった背景には、客室乗務員とアナウンサーという二つの経験があります。
大学卒業時の新卒の就職では、全国の放送局のアナウンサー試験を受けましたがご縁がなく、航空会社に進みました。私にとっては遠回りのキャリアでしたが、多くのことを学びました。客室乗務員時代は、限られた時間の中で何百人ものお客様の安全を守るため、端的で正確な意思の疎通が求められました。安全上の懸念があれば、相手が先輩であっても遠慮せず即座に伝える「アサーション」の文化も徹底されていました。

客室乗務員から転職した局のアナウンサー時代も、生放送や報道現場では一分一秒の判断が求められました。生放送中や事件、災害の瞬間に、迷っている時間はありません。プロデューサーやディレクターはいますが、たとえ若手で経験や知識がまだ浅かったとしても、最終的にはアナウンサーが責任をもって「いま何を伝えるべきか」を瞬時に判断し、自分の言葉で伝える。緊張感のある中で冷静な判断ができず、たくさんの失敗も経験しました。その度に放送を見返し、聞き直し、先輩方に数えきれない程のアドバイスをいただき、伝え方や判断力を磨きました。

大事なことを、わかりやすく、まっすぐに伝えること。
今では私の仕事哲学ともいえる考え方になっています。

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専門職からビジネスの現場へ、思い切った転身

これまで客室乗務員や放送局のアナウンサーという、いわゆる「専門職」のキャリアを歩んできた私にとって、事業会社で働き、一般ビジネスの世界へ飛び込むことは、一つの大きな挑戦でもありました。

前職までの環境でも、社内には営業活動を行ったり、サービスや番組を企画・運営したりする部署が存在していましたが、専門職であった私はそこに関わることはほとんどありませんでした。お膳立てされた舞台の上で、いかに最高のパフォーマンスを発揮し、ブランドイメージを体現できるかに特化して活動していました。

そのため、お金がどう動き、ビジネスがどう成り立っているかという全体像を知ったり、ビジネスの現場に触れる機会はほとんどありませんでした。
クロスメディアに入社した当初は、本当に何から何まで分かりませんでした。社内のミーティングでもメンバーが使っている言葉やビジネスの専門用語が理解できなかったり、パソコン作業の初歩的なことも教えてもらわないといけなかったり。優しい仲間に囲まれていたからこそ救われましたが、内心は焦りと不安でいっぱいでした。

さらに、クロスメディアはベンチャー気質が強く、「こんなことも全部自分でやるんだ……!」と、カルチャーショックを受ける瞬間は、一度や二度ではありませんでした。

それでも、働くと決めたからにはとにかく目の前のことに体当たりで挑戦するしかありませんでした。見よう見まねで調べ、試行錯誤を繰り返す日々。その中で、徐々にPCの操作にも慣れ、広報という社長との距離も近く、経営を肌で感じられる立場に日々いることでビジネスの流れが体感として理解できるようになっていきました。

自分の手を動かして初めて、会社というものがどうやって成り立ち、どうやって売上が生まれ、組織が動いているのかという、お金の動きと仕組みが見えるようになりました。

今では、その日々の実務経験があることで、ビジネスの第一線で活躍されている経営者やプロフェッショナルの方々にインタビューする際、ビジネスの専門的な話を理解することができています。

日々の実務を通じてビジネスのリアルを学び、同時に動画でインタビューするゲストとの対話から高度な知見を吸収するという、「二重の学び」を得られる貴重な機会だと、今ではとてもポジティブに捉えています。

「専門性」と「ビジネス」を掛け合わせ、自分だけの価値をつくる

放送局を退社後、2年ほどフリーランスのアナウンサーとして活動しました。その頃は、自由に働ける一方で、常に孤独とシビアな評価にさらされていました。仕事は「できて当たり前」。期待に応えられなければ、何も言われず次の仕事から声がかからなくなる。そんな世界で戦い続ける中で、次第に受け身だけではなく、もっと自分らしく能動的に「アナウンサーという肩書きを超えて、キャリアの幅を広げたていきたい」と思うようになっていきました。

また、放送局時代のように専門性を持つ仲間同士が、「もっとこうしたらいい」「それは違う」と率直に意見を交わしながら、一人では生み出せないものをつくる。そんな環境を求めていたように思います。現在のクロスメディアには、まさにそんなチームがあり、日々、仲間と一つの目標に向かって試行錯誤する面白さを味わえています。

一方で、先ほども伝えたようにクロスメディアで働き始めた当初は、「自分はビジネスを知らない」という大きなコンプレックスもありました。営業や経営、組織運営など、一般企業でキャリアを積んできた人たちと比べ、自分には事業会社で価値を生み出す経験が足りない。その劣等感が、もっとビジネスを学びたいという原動力になりました。

そして実際に一般企業へ飛び込んでみると、これまで培ってきた「伝える・引き出す・表現する」という専門性が、ビジネスの世界で大きな武器になることにも気づきました。

専門性だけで競うのではなく、そこにビジネスの知識や視点を掛け合わせる。フリーランス時代の孤独も、ビジネスへのコンプレックスも、今では自分の可能性を広げるための経験になっています。

「専門性×ビジネス」という掛け合わせこそが、私にしかつくれない価値を生み出す。

そう実感できたことが、今の仕事への大きな自信につながっています。

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素人から始めたYouTube。試行錯誤の先に見つけた「自分たちらしさ」

クロスメディアグループに入社し、まず私に与えられたミッションは、YouTubeチャンネルのゼロからの立ち上げでした。

フリーランス時代に個人YouTubeをやっていた経験はあったものの、企業の番組を立ち上げるのは、私も他のメンバーも初めて。iPhone一台で撮影するところから始まり、動画の企画も企画書の作り方もビジネス領域のMCをするのもサムネイルやタイトルの魅せ方もとにかく全てが手探りでした。実際にYouTubeを運営している人に話を聞きに行ったり、他社のビジネスメディアを研究する中で、「面白い動画を作る」だけではなく、「見た人の人生をどう変えるか」まで設計することがコンテンツづくりなのだと学びました。

サムネイルやタイトルの一瞬の訴求から、質問の一つひとつまで、「視聴者に何を届けたいか」から逆算する。『世界の一流は「子ども」に何を教えているのか』著者で、 アメリカ・ニュージャージー州在住の教員・ジャーナリストの冷泉彰彦さんを招いた企画では、書籍の内容をただなぞるような聞き方ではなく、教育者としてアメリカの教育現場で感じている日本の教育との差やそれぞれの利点を、自分自身が日本の受験評価、子どもの経験格差などに感じてきた疑問を含めて質問し、より具体的なエピソードを引き出すことにこだわりました。

公開後、お子様への教育で悩んでいたという視聴者の方から「動画内に出てきた言葉に共感し、動画を見ながら、泣いてしまいました」というコメントが届きました。自分たちの企画と対話が、画面の向こうにいる悩みや葛藤を抱える一人の心を動かしたという経験が、動画メディアの可能性を確信する大きな原動力になりました。

今のところ運営は外部に頼らず、編集とデザインを含めてすべての工程を自分たちの手だけで行っています。私と、同じ広報チームのアリスさんとのビジネスメディア素人コンビ。今も他社の成功事例を研究したり、書籍編集部の方に企画のヒントをもらいながら、サムネイルの作りや細かな言葉選びまで日々試行錯誤しています。

YouTubeの運営だけが私の仕事ではなく、外部メディアさんを通しての本のPR活動も行っています。その中で数々のYouTube番組の収録現場を実際に見学できたこともプロの現場を知る貴重な機会となり、一つひとつを学びとして吸収してきました。

一方で、自分たちのメディアはどのように独自性を出せるかを必死に考えてきました。私たちが目指したのは、派手さや瞬間風速的な再生数を狙うような動画ではなく、心地良く聞けて、本質的な学びを届けることでした。
スタジオの雰囲気にもこだわっています。本に囲まれた温かい空間にすることでゲストが安心して本音を話せる空気をつくる。その一方で、出版社らしく、一本一本、企画で勝負する。

登録者と過去の取材事例が増えるごとにゲストへの企画提案の通過率も上がってきています。鹿島アントラーズさんや横浜DeNAベイスターズさんなど、自分自身の関心領域でもあるスポーツビジネスの裏側を取材し、発信することもできました。反響の大きさに喜びとやりがいを実感しています。
チャンネルの軸は大切にしながらも、これからはビジネスだけではなく、自分がアナウンサーを志した理由でもある、個人のキャリアを後押しできるような企画も増やしていきたいと考えています。

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(広報室のメンバーとともに。左:濱中 中央:入江 右:ジャライル)

広報とはどこまでも一対一の信頼関係を築く仕事
クロスメディアに入社してから広報という仕事に向き合う中で、「広報とは『コミュニケーション』そのもの」だと思うようになりました。

動画の企画を練り、「誰に、何を届け、どう変容してほしいか」を突き詰めること。
ゲストに向き合って言葉を引き出すこと。
チームの仲間とぶつかり合いながらベストの形を模索すること。

その全てのプロセスがコミュニケーションといえます。
さらに、会社の事業や書籍という自社商品を社会に発信していくことも、双方向の「対話」であるよう意識するようになりました。

「一対一のコミュニケーションの積み重ねこそが全て」という考えは、どんな場面でも変えないように心がけています。

メディアを通じて何万人、何十万人に情報を届けるプロセスの背後には、必ず「一人の人間」がいます。私が接点を持つ全ての人は、感情を持った一人の「個」です。それぞれが異なる関心を持ち、異なる課題を抱えて日々、生きています。

彼ら彼女らの状況や関心と、私たちが届けたい価値が一対一で噛み合った瞬間に初めて、社会へと拡散されていく。ただ、自分本位な考えを一方的に押し付けるだけでは、コミュニケーションとはいえません。
まず、目の前の一人に深く向き合うこと。

クロスメディアでの広報活動を通じて、私自身が身をもって学んだことでもあります。本の執筆であれ、YouTubeの企画であれ、新商品の開発であれ、「たった一人」の具体的な誰かを想定してコンテンツを作ること。目の前の一人の悩みを解決できず、心を動かせないものが、何万人もの大衆に届くはずがないからです。

クロスメディアのオフィスには本が溢れ、著者や専門家、経営者に直接お会いし、教えをいただける環境があります。そんな刺激に満ちた日々の中で得た教訓のすべてが、今の私の血肉となっています。これまでも今も、仕事のさまざまな場面で「私に務まるのだろうか」とプレッシャーに押しつぶされそうになる場面はたくさんあります。それでも、私はその先にある言葉や知見、感情に出会いたいですし、それを伝えていきたい。

たった一人でもいい。その人の心に深く届き、人生に影響を与えられるように、一対一のコミュニケーションをどこまでも泥臭く、誠実に積み重ねていく。これからも、そんな姿勢を大切に私らしく仕事に向き合っていきたいと思います。

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