出版社の強みである「品質」と、事業成長に不可欠な「スピード」。
一見、相反するように思えるこの2つは、果たして両立できるのか━━。
その答えは、すべての仕事でスピードと品質を同時に最大化することではありません。事業やフェーズによって、どちらを優先するかを変えること。そして、組織全体としてスピードと品質の両方を持つことです。
クロスメディアグループは出版社発のベンチャーとして、新規事業に挑み続けてきました。新規領域を担当する広報室の濱中と、クロスメディア代表で経営者の小早川が、「スピード感とカルチャー」をテーマに対談しました。
■ 出版社発ベンチャーが直面する「スピード感」の壁
濱中:小早川さん、今回は「スピード感とカルチャー」についてお話しさせてください。クロスメディアは「出版社発のベンチャー企業」として、新商品の開発や新規事業に積極的に挑戦していますよね。
ただ、出版社のDNAって、どうしても付加価値やクオリティを重視する方向に傾きがちだと感じるんです。実際、世間から出版社に求められているのも、そういった部分だと思いますし。その結果、新しいことを始めるときにスピード感を出すことが、カルチャー的に難しい部分もあるんじゃないかなと。
小早川:なるほどね。それはすごく本質的だし、経営者としても常に考えている課題です。
濱中:本来は「スピード vs 付加価値(クオリティ)」ではなく、どちらも重要だということは分かっているんです。でも、特に急成長を目指す新規事業の立ち上げフェーズでは、どうしてもスピードを重視して物事を進めなければならない局面がありますよね。そのあたりのバランスや切り替えについて、小早川さんはどう考えていますか?
小早川:結論から言うと、スピードと品質は、常に同じ比率で求めるものではないと思っています。
たとえば、既存の出版事業で商品を世に出すときには、高い品質や正確性が何より重要です。一方、新規事業の立ち上げ段階では、完成度を高めることよりも、早く市場に出して顧客の反応を確かめることのほうが重要になる。
つまり、仕事の性質や事業のフェーズによって、スピードと品質の重心を変える必要があるということです。
特に、急成長を目指す新規事業では、まず圧倒的にスピードを重視して進む必要がある。ただ、私たちのルーツである「出版社」としての在り方が、そこにどう影響しているのか。それを考えるうえで、最近すごく腑に落ちた本があって。
■ 「間違えてはいけない」出版と「間違いが許される」インターネット
濱中:どんな本ですか?
小早川:前LINEヤフー代表取締役の川邊健太郎さんの新刊『7つの激変』を読んだんだけどね。その中に、「インターネット産業が、他のどの業界よりも改善アクションが早く、活発だったのは、間違いが許される産業だったからだ」という趣旨のことが書かれていて、これには「なるほど!」となりました。
濱中:「間違いが許される産業」……。確かに、インターネットのサービスって、公開したあとにバグが見つかっても、すぐにアップデートして修正できますよね。
小早川:まさに。一方で、私たちのルーツである「出版」は、まったく逆のカルチャーです。一度印刷して世に出てしまった本は、簡単には直せない。誤字脱字一つ、情報の誤り一つが命取りになるからこそ、極限まで正確性や完成度を高めてから世に出す。そうやって「間違えてはいけない」という文化が、何十年もかけて培われてきたわけです。
濱中:確かに、編集者の方々が何重にも校正・校閲を重ねている姿を見ていると、そのクオリティに対する執念や責任感には、本当に頭が下がります。
小早川:そう。それは誇るべき素晴らしい文化なんだけど、成長市場で勝負するとなると、その文化がブレーキになってしまうことがある。
「まず出してみて、ユーザーの反応を見て、間違っていればすぐに直す」。インターネットビジネスでは、この改善サイクルの速さそのものが競争力になる。
出版では「間違えないこと」が価値になるけれど、新規事業では「間違いを早く発見して、早く修正すること」が価値になる。同じ“品質”でも、求められる品質の考え方が違うんです。
濱中:それを聞くと、すごくハッとする部分があります……。
小早川:実は、クロスメディアはこれまで何度もインターネットビジネスに挑戦してきたけれど、十分に成功させることができなかった。その大きな理由の一つも、出版的な「完璧に完成させてから世に出す」という文化を、そのまま新規事業にも持ち込んでしまったことにあるのかもしれない、と痛感したんです。
濱中:文化のブレーキ、ですね。では、私たちはこれからどう変わっていくべきなんでしょうか? 両立は難しいのでしょうか。
小早川:両立させなければいけない。ただし、「一人ひとりが、すべての仕事でスピードと品質の両方を最高水準で実現する」という意味ではありません。
これからの時代、ビジネスコンテンツ・メディア企業として生き残るためには、会社として「出版で培ったクオリティ」と「インターネット産業のスピード」の両方を持つ必要がある。
出版物のように、世に出したあと簡単には修正できないものは、時間をかけてでも品質を徹底的に高める。一方、新規事業やデジタルサービスのように、公開後も改善できるものは、完成度70%でもまず市場に出し、顧客の反応を見ながら100%に近づけていく。
つまり、「何でも速くやる」のでも、「何でも完璧にしてから出す」のでもない。事業や商品の特性に応じて、最適なスピードと品質を選択する経営が必要なんです。
■ 事業でカルチャーを分け、健全な「摩擦」を力に変える
濱中:その「スピードの意識」って、伝統的な出版の現場にいるメンバーにも持ってもらうことは可能なんですか? クロスメディアとして、それは「イエス」と言えるのでしょうか。
小早川:クロスメディア的には、間違いなく「イエス」だね。
ただし、全員を同じカルチャーに変える必要はないと思っています。
高いクオリティと正確性が求められる既存の出版事業と、スピードと仮説検証が命の新規事業では、そもそも勝ち方が違う。だから、これらを同じ基準で評価したり、同じ仕事の進め方を求めたりしてはいけない。
大切なのは、組織全体に一つのカルチャーを押しつけることではなく、事業ごとに必要なカルチャーを意図的につくることです。
出版事業では「品質を高める文化」。新規事業では「まず試す文化」。そして経営としては、この異なる文化を一つの会社の中で共存させる。
そうすることで、採用の段階でも「どのカルチャーにフィットする人材なのか」を正しく見極め、適材適所の配置ができるようになると思います。
濱中:採用のミスマッチも防げるわけですね。……実は、そのカルチャーの違いについて、私自身もすごく身に染みて感じていることがあって。
私は広報として、社内ではある意味「新規事業」のような立ち位置で、さまざまな新しい企画をスピード重視でやらせてもらっています。とにかく「ざっくりでもいいから、まずは前に進めること」を最優先にやってきましたし、そこにベンチャーならではの面白さややりがいを感じていたんです。
でも、だからこそ、出版事業のメンバーと仕事を進めるときに、価値観や進め方が合わず、葛藤することもあったんです。こちらは「早く出して反応を見よう」と思っているけれど、出版事業部のメンバーからすると「もっと中身を精査して、クオリティを担保してからでないと出せない」となる。その姿勢に、もどかしさを感じてしまう瞬間が正直ありました。
小早川:なるほど。その「価値観のぶつかり合い」や「摩擦」って、極めて健全だし、むしろ組織の強みだと思う。
もし社内全員が「スピード最優先! 間違えてもいいから出そう!」という人ばかりになったら、クロスメディアが長年築いてきた信頼やブランドクオリティは、一瞬で崩壊してしまう。
逆に、全員が「完璧になるまで絶対に出さない」という人ばかりなら、新しい変化の波に取り残されてしまう。
品質を守る人と、スピードを生み出す人。その両方がいるから、会社として強くなれる。
濱中:確かに、どちらか一方だけでは成り立たないですね。
小早川:そう。
品質にこだわる編集・出版メンバーと、スピード重視で新しい領域を切り拓く新規事業や広報のメンバー。この異なるカルチャーを持つ両者が、お互いの役割をリスペクトし合い、「組織の両輪」になること。
それこそが、AI時代のメディア企業として、クロスメディアグループが目指すべき組織の姿なんだと思います。
濱中:お互いをリスペクトして、両輪になる。それぞれの強みを活かして、グループ全体の価値を最大化していくということですね。
小早川:そうだね。スピードと品質は、どちらかを捨てるものではない。ただ、使い分ける必要がある。
これからも、守るべきものは守りながら、恐れずにどんどん新しいことに挑戦していきたいですね。
濱中:守るべき品質は守りつつ、スピード感を持って前に進んでいきます。小早川さん、ありがとうございました。